Le Kef 
ルケフ

 内陸北部の中堅都市。街自体は小さく余り特徴はないが、丘の上に城塞があり、そこからの見晴らしはなかなかのもの。 ルアージュの乗り場から街の中心へは多少歩く。20分ぐらい。

読者からの情報
Tunisからバスで3時間、5.97TD、ルアージュは2.5時間、6.7TD。乗り物酔いし易い人はバスはやめとい たほうがいいかもしれない。途中Teboursouk辺りの道は眺めは良いがかなりのアップダウンとカーブの 連続。車内にはゲロを吐いた跡が結構あり(特に後部)、臭いで気分が悪くなった。私も最初座っていた 席が何か冷たいと思ったらそういうことだった。おかげでズボンに臭いがついてかなりまいった。驚い たことに地元の方達はあまり気にしていなかった。もっと驚いたのは、道中私の前に座っていた女性が もどしてかなりつらそうだったに、周囲の乗客は当たり前のことのように平然としていた。ルアージュ は快適だったが。バスとルアージュの乗り場は隣合わせ、PTTから大きな通りの坂道を数分下ったとこ ろ。街の中心から遠くはなく便利だが、行先等すべてアラビア語表示のみでわかりづらかった。鉄道駅 は何故か見つからなかった。頂きにある城塞からの眺めは南部を見馴れた目には緑が新鮮だった。西側 には遠く鋭い稜線の山が見え、一番向こうの山はもうアルジェリアだと地元の老人は教えてくれた。そ して首を斬るジェスチャーをしてあの国の内情を憂いていた。Hotelは城塞入口近くのHotelとだけ書かれ た所に泊まった。トイレ、シャワー共同で6TD。近くにはHotel Medina等ほかにも数軒手頃そうな宿が あった
(kissyさん、98年1月情報)
行かれたかも知れませんが、内陸部の都市エルケフは、やや落ち着きがあり 良い街。 汽車・車ともに交通の便も良い。
(SUGAHARAさんより96年夏情報 valis@twics.com
丘の上の城塞の跡はなかなか面白かった。92年に行ったときは、盛んに(といってものんびりしてたけど)復旧作業が進められていた。いずれは高級ホテルになると言う話だったけど、今はどうなっているのだろう?
(kusaka、92年春)
交通の拠点であり、山の頂きに遺跡もありますが嫌いな町です。 バスの行き先に困っていた時英語で助けてくれた女性もいましたが。 ホテルの鍵を開けられたのは夜中で、相手は酔っ払い。
(Julianさん、89、91年情報)
Sousseからバスで Le Kefに行きました。停留所につき右も左もわからなくて困っている時にSoniaと言う女子高校生と 仲良くなり2日間 Home Stay させてもらいました。 女1人で(ガイドブックも無かったし) とても不安だったので助かりました。
Le Kefは5月に町中をあげて イスラムのお祭りがあります。私も参加し、 モスクに入れてもらい、行事の一部始終を 見れました。とってもいい思い出です。
(kurodaさん、96年5月情報)




 Sfax 
スファックス
 大きな港を持つ工業都市。チュニスと南部を結ぶ交通の要所。街はメディナと新市街に分かれている。

読者からの情報
結婚式(チュニジアの方)出席のため、スファックスへ2泊しました。城壁の中に広がるスークがおもしろかった。(ちなみに城壁に上ったらそこは民家でした)スークは一切ジャポネ?ヤーバーニー?攻撃も受けず地元密着の生活感あふれるものでした。ただし、私(女)は横に夫がいながら、なんと痴漢にあっちまいました。何度も振り返り確認する痴漢野郎に空手のポーズで威嚇いたしました。
(AOさんより98年7月情報)
Gabesからルアージュ、2時間弱、5.4TD。旧市街を取り囲む壁の大きさは見事だった。ルアージュ駅は2つあり、南北の主要都市に向かうものは街の中心で駅前のPTTの隣。KairouanやSidi bou Zid等、西に向かうのは北側のかなり離れたところにある。場所を聞いたがよくわからなかったのでTAXIで行った。0.7TD程の所。
(kissyさん、98年1月情報)
チュニス/スファックス間には昨年より本物の高速道路がオープンし、途中 のドライブインには、 完全アメリカ式のコンビニエンスストアもある。
(SUGAHARAさんより96年夏情報 valis@twics.com
 以前、ジェルバからチュニスへ行く途中に立ち寄った。街は大学もあり、若者たちで賑わっていた感じ。 そのせいか、安い食堂はなかなか見つからず、立ち食いのサンドイッチやで済ませた覚えがある。
(kusaka、92年春)
湾岸戦争の際、一番大きなデモに出くわしました。ミサイルがイラクのシ ェルターを直撃、民間人に多くの死傷者が出た時でした。市内を練り歩く 万人に及ぶ人。中心の広場でアジ演説をする男性。ホテルにいた時から 異常な騒ぎの中にいて近づきたい衝動と立ち去りたい恐怖にありました。 結局見てましたが。
でも89年は歩いていた女学生(中学生?)が日本人と初めて話すようで話し ながら手にしていたティッシュを切り刻んで、散歩しましょうという事に なったり。旧市街の中にあるダールジャウリ博物館は、当方のお気に入り です。民族風習、生活情景迄が思い起こせる所でバルドーよりも好きです ね、ここは。
(Julianさん、89、91年情報)

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