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5日目(日曜日) Kの日記 日曜日の朝。いつものようにゆっくり起きて今ではすっかり常連のカフェへと向かう。すると、そこは既に圧倒的な数の人で賑わっている。学校の先生ももう来ていた。今日は学校が休みなのだ。街中が休みなのだから、私たちもどこにもいかず、のんびりすることにした。 ラジオ・ジャーナリストのアリさんに会った。昨日のテープをもらえるようにお願いする。 昼はカフェのおにいさんお薦めのレストラン (Restaurant Essendabed)に食べにいく。何でも主人が真面目で働き者だから、いいレストランだとか。確かに食事もおいしかったが、店内も清潔でとても気持ちがいいレストランだった。 午後は昨日みやげ物やで教えられたタピの専門店へ行くことにした。どうもそこはその男の父親の店らしい。 2時半には開くと言っていたくせにまだ開いていない。仕方がないから近くをぶらついていると、家の軒先でひなたぼっこをしているおじいさんたちに捕まってしまった。彼らは私たちにも椅子を用意してくれ、更にその辺の子供を使って私たちをもてなす飲み物まで買いに行かせた。引退した学校の先生という老人はとても流ちょうなフランス語を話した。彼らは日本のことを興味深く尋ね、どんなことにも喜んだ。しばらく、彼らの世間話に加わりながら、ゆっくりとした時間を過ごす。最後に、手紙でも送るように、といって住所を教えてくれた。 さて、3時半過ぎてやっとタピやの老人が現れた。彼は唯一の客である私たちを中へ招き入れた。薄暗くひんやりした建物の中にはものすごい数のタピが無造作に積まれていた。 老人は言葉少なく、どっしりと木の机にすわり、こっちが質問しない限りだまっている。いろいろと見せてくれはしたが、高い上に不親切である。それでもどうしても欲しいものが一つだけあったので、交渉をしてみた。 いくらかときくと、100TDだという。とりあえず、50ぐらいから始める。老人はにやりと笑って首をふる。70までいってみたが、老人はうんと言わない。それならと、店を出ようとすると、老人の方が80にすると言ってきた。そこで私が75というと、老人も「よし」という顔をした。交渉成立である。その後の老人はすっかり態度を変え、妙に愛想がいい。やはり、またしてやられたのだろうか。 まったく、 アラブ人は根っからの商人である。何世紀もの昔から、こうして商売をして繁栄してきたのだから、歴史が違う。文化が違う。たくましい。日本人もこれを学ぶべきかもしれない。彼らにとって日本人がいいカモになるというのも分かる気がする。 その後、他の二人がまた昨日のみやげ物やが見たいというので、そこへ引き返した。カフェPTTの近くである。 まだ昼休みからもどってないようだったので、またカフェへ行く。 男が帰ってきたのを確認してみやげ物やを訪ねた。息子の若い男の方は、父親よりも手口が甘い。同じような芝居をするのだが、どうもくさい。結局、交渉の末、二人が小さめのタピ2枚を100TDで購入した。男はやはり、愛想よくいろいろとおまけまでつけてくれた。単純である。 もう外は日が落ちていた。いかに交渉が長かったかが分かる。チュニジアではいちいちものを買うたびにこの交渉をしなければならない。それが面倒でほとんどものを買うことをしなかった。なんせ、アラブ人は本当にねばり強い。どちらが先に折れるか、である。また、あの親父のように芝居にも年期が入っている。いいわけも巧である。例えば、タピの場合のキーワードは、「ベルベル」「ハンドメイド」「ウール100%」、汚れたものに対しては、「 アンティーク」で「世界にこれ一つ」である。また、作るのに半年かかるとか、1年かかるとか。結局、何日かかろうと、商人の彼らが一番のマージンをとっていることは間違いない。 やはりホテルで食事をとることにした。 羊のグリルを食べてみた。2.5TDだった。テープを届けに来ると言っていたアリは結局現れなかった。 今日買ったタピを見ながら、これを織っているベルベル人の女性に会ってみたいと思った。が、今回の滞在では無理だろう。時間が足りない。明日にはここともお別れである。後はジェルバ島を経由して徐々に北上するだけだ。そう思うとなんだか寂しい。きっと南の空気がすぐにでも恋しくなるのだろう。 |
![]() 手強い老人のいるタピや ![]() 老人から買ったタピ。結構大きめ。 ![]() 息子のみやげ物や。 床にタピを広げて品定めしているところ。 |
