Gazelle / ガゼル
 ースに到着した私たちは、フランスのガイドブックに載っていたオテル・デュ・パークへと向かった。以前泊まったことのあるホテルである。3人でチェックインしてEを待つことにした。
 スースは海沿いの中堅都市でリゾート地としても有名である。街も古く、旧市街がビーチから近いのも魅力の一つなのだろう。ツアー客こそ少ないが、個人旅行のヨーロッパ人たちを大勢見かける。彼らはイスラム教徒の習慣を気にすることもなく、ショートパンツや水着姿で赤く腫れた皮膚をあらわにして歩いている。私たちはせいぜい半袖のTシャツを着るだけに留めた。リゾート地はまだいい。しかし、南下すればするほど、イスラム教の教えはまだ確実に守られている。ヴェールこそしてはいないものの女性はほとんど公衆の場に顔を出すことはない。カフェやレストランにいるのは総て男性である。半袖を着たチュニジア人の女性たちも極端に少なくなる。当然、女3人連れの私たちも気をつけなければならない。男性を変に刺激してはならないのである。ただでさえ、彼らは女性と接触する機会を厳しく制限されているのだから。それが礼儀(マナー)であると私たちは感じていた。


 さて、観光客でにぎわう旧市街をぶらついた後、Uと私は駅で19時32分の電車を待った。Eが乗っているはずである。しかし、彼女は現れなかった。次の電車は21時15分、それまでにはすっかり日も暮れてしまうだろう。Uの顔が心配で曇った。しかし、連絡するすべもない。とにかく、次の電車まで待つしかなかった。  
 街に出て、夕食をとることにした。観光地のスースには手頃なレストランがなかなか見つからない。何軒か覗いて、とりあえずチュニジア人の多いレストランを選んで入った。
 チュニジアの名物といったら、何といってもクスクスである。日本ではまだ余りなじみがないが、フランスではかなり一般的に知られている。小麦粉に水を加えてぽろぽろのそぼろ状にしたものを蒸したものがクスクスと呼ばれるものである。ご飯やパスタなどと同様に主食として食される。チュニジアで一般的にクスクスといえば、それに赤いスープが添えられたものである。スープはパプリカなどのスパイス(チュニジアン・スパイスといわれる)と大きなじゃがいも、人参、トマトなどの野菜と牛、鳥、ラクダなどの肉が入っていて、ほんの少し辛みがきいている。それをクスクスのうえにカレーのようにかけて食べる。これが最高においしい。暑いチュニジアの夏には欠かせないメニューである。
 久々に期待していたクスクスだったが、具も少なく、味もとてもおいしいといえるものではなかった。しかし、そこのレストランの若者たちとの会話は印象深いものだった。店の若者の一人が、鳥肉のクスクスを注文した私たちに「ガゼルのクスクスを食べたことがあるか」と訊いてきた。Uと私は顔を見合わせた。ガゼルが何か二人とも全く知らなかった。「ガゼルって何?」と私達は逆に質問を返してみた。その問いに彼等は驚いたようだった。ガゼルを知らない者がいるということが意外だったらしい。青年達はフランス語を使って一生懸命にガゼルが何か説明しようとしてくれた。しかし、わかったのはそれがチュニジア人にとってとても珍しく、貴重な動物だと言うことだけだった。そこで、Uがすかさず仏和辞典を引いてみたが、そこにはただ「 ガゼル」と書いてあるだけだった。
 そのレストランを出た後も、ずっとガゼルのことが気になっていた。いったいどんな動物なのだろう。
 21時15分、再び私たちは駅にいた。こんどこそEが来なかったら後がない。最後の電車である。電車が着いた。たくさんの人が降りる。 Eは?思わず二人とも駆け出した。「居た!」疲れた表情のEの顔が家族連れのチュニジア人に混じって見えた。Eの乗っていたパリからの飛行機がかなり遅れたということらしい。
 その夜は疲れと長旅から3人共ぐったりと眠りについた。チュニジアにいるということさえ忘れるほど深い眠りだった。

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