Arrival in Tunis / チュニスに到着
   1994年9月14日、Uと私は無事にチュニス空港に到着した。無事という言葉の重みを今回ほど感じたフライトはなかった。ブリュッセルからチュニスまでの2時間40分、それほど大きくない機体は空中で激しく揺れっぱなしだったのだ。隣に座っていたUは青ざめて声も出ない。同席したチュニジア人の女性と言葉を交わす余裕もなく、激しく揺れる度にお互いに目配せするだけだった。
 空港に降り立つと空気は一転してリラックスしたムードに変わった。簡素な作りの空港の建物には人もまばらで緊張感も感じられない。荷物のチェックもなく、イミグレーションのお兄さんも楽しそうに観光客たちと世間話を交わしている。彼は私のパスポートの写真を見て「これ、本当に君なの?別人みたいだね。」といって笑ったかと思うと「もうすぐ誕生日?ちょっと早いけど、 誕生日おめでとう。」とまでつけ加えた。
 次に空港内の銀行でお金をディナールに両替した。今回は1TD(ディナール)がちょうど100円ぐらいなので計算もしやすい。
 一歩外に出ると黄色いタクシーの運転手たちが一斉に大きな声をあげた。空港からチュニス市内までは車で20分程の距離である。運転手のひとりにいくらかときくと、二人で5TDだと答えた。観光客値段である。私たちは同じ飛行機に乗っていた観光客たちがどんどんタクシーに乗り込むのを後目に、空港の片隅にぽつんと立つバス停をめざした。15分に一本ぐらいの割合で市内へ行くバスが来るはずであった。それを使えば街までたった0.58TDで行けるのである。
 バスの中では子どもがじっと私たちの方を見つめていた。ここ、チュニジアでは東洋人はかなり珍しい。さすがに中国人もあまり住んでいないようだ。それでも首都のチュニスや観光化された街では日本人を見ることも珍しくなくなってきている。ツアーの観光客たちが集団で訪れるからである。しかし、南や内陸の方に行くツアーはほとんどない。当然、私たちを見る視線も食い入るように鋭くなる。以前ずっと南でローカルなバスに乗ったときのこと、暑さと疲れで私と友人のEは眠り込んでしまった。やがてがやがやした様子を感じて目を覚ますと、私たちは大勢の子どもたちに囲まれていた。彼らは初めて見る東洋人をゆっくり観察する機会に恵まれたのだった。驚いて、ぎょっとした顔をした私たちを見て、彼らはニコリともせずにばらばらと周囲に散らばっていった。
 バスは予定通り20分ほどでチュニスの中心に到着した。
 
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