 |
チュニジア旅のサークル
チュニジアへ行って来ました!
- H.野々宮 <hnonomiya@mcp-hybec.co.jp >
- 思いつきでチュニジア検索して入りました。
懐かしい。自分が始めて行ったのが1989年の2月、1ヶ月かけて 15都市回って。その時は、チュニスにもトラムは、なかった。
その後、1991年の2月、湾岸戦争真っ只中にチュニジアに行った時は、 ヨーロッパの観光客もいなかったし、アラブ人バスの中に90億$払った 日本人が一人だけ。石もぶつけられ、、、暴動にも2度遭遇。
でもなかなかチュニジアに単独で行った人っていないよね。 良かったらMAILください。
クスクス食べたい。"ブハ"って酒飲みましたか??
- ちき
<chiki@mxg.meshnet.or.jp>
- 私たち、チュニスで音楽修行してました。
このサイト、すっごく懐かしいものがいっぱいでした。 ありがとうございました。
アラブ音楽ホームページやってます。 どうぞお越しください。
- くろだ <kuroda@fs2/mt.nec.co.jp >
- 昨年の5月にチュニジアに行ってきました。3ヶ月の女1人旅です。
シチリア島から勢いで地図も持たずにチュニスに行ってしまいました。
2週間ほどいましたが、とにかく「疲れたー」の一言。 女1人では2度と行かないぞと心に決めました。 でも、Le Kef で Home Stay させてもらったり、 羊の頭の丸焼き(美味しい!)を食べたり、楽しかったです。 このページを発見して、こんなに情報があったなんてビックリ!! 結構、皆さん行ってるんですねー。ドゥガ遺跡は良かったですよー。
- Ichi <adachi@epcc.pref.osaka.jp >
- なかなかチュニジアの情報が多くておもしろかったです。実は、私はチュニジアに
とある理由で2年間住んでいました。書いている話もおもしろかったですし、情報 も非常に役に立つと思ってしまった。 住んでいる間はできるだけあちらこちら旅行していたので、ある程度の情報は提供 できると思います。 行かれる方とかで、聞きたいことがあればメールを下さって結構です。
- いけだももよ <e93l0027@mn.waseda.ac.jp >
- 2エ7から2・24までチュニジアを旅行し、そのあとシチリア島に船で移動しました。
旅行するにあたってこちらのサイトには大変お世話になりました。特に物価やル アージュ、女性旅行者の心構えなどがとても参考になりました。私は友達と2人 でチュニス、スース、ケロアン、ガベス、マトマタ、タッタウィン、クサールハッダー ダ、ドゥーズ、ネフタ、トズール、チュニスという順序でまわりました。スースでは 丁度ラマダン明けのお祭りの日で、ヘンナをやってもらいました。更にアラブ風の 衣装を着させてもらい、泊まってかえりました。ケロアンでは結婚してタピ屋の奥 さんになった日本人女性に出会い、お昼をごちそうになりました。マトマタの穴蔵 ホテル、クサールハッダーダのゴルファのホテルは最高に気に入りました。ドゥー ズでは砂丘を見ました。ネフタではホテルのおじいちゃんと酒盛りしました。 とにかく幸せな旅でした。 ホテルや町の情報など多少あります。私のメールアドレスはもうすぐ使えなくなり ますが、また使えるようになり次第お手紙を送りたいと思います。 それではさようなら。
- 青柳雅之
<happy714@mars.dtinet.or.jp>
- 上記のA君というのはたぶん私のことでしょう。あれだけお世話になったのにお返事遅れて申し訳ありません。
私現在三年生で、帰ってきたら就職協定は廃止とか、資料は山のようにきてるし混乱してます。それは今もですけど。 簡単にですけど、チュニジアでの出来事を徒然なるままに。モスクワからのアエロで隣のチュニジア人(モスクワに留学中)と隣になり、意気投合して。夜中の12時に招かれました。やばいか??と思いましたが、疲れていたため「どうにでもなれ!!」と彼の家に。 これが超幸運の始まり、合計で2週間彼の家に滞在しました。もはや旅と言うよりホームステイと言った感じでした。10間の滞在とその間5日(トーズル、マトマタ、ジェルバ)ほど一人での南下旅行帰ってきて4日ほど彼の家にといった形でした。トーズルでは裁判傍聴をして裁判官の家に招かれると言ったラッキーもありました。 ラマダンは辛かったですが、その分夜は楽しかったです。彼らが何も食べないのに私が食べれるはずはありません。 親戚中をつれ回されそのたびに大歓迎を受け死ぬほど 食べさせていただきました。おまけにライーダ(ラマダン開けのお祭り)の時はスースの実家につれていかれここでも大歓迎。海の見える別荘には泊まらせてくれるし、恐縮するほどのもてなしを受けました。彼は学生なので友達も多くまた、その友達の家にも招かれると言った形で、そのお母さんにはあなたの家族にと、お菓子の おみやげまでいただきました。わざわざザグアーン(ハマムの名所)につれていってくれるし。夏も来いといっているので、行くつもりです。 帰りに空港まで送ってもらったのですが、空港までの道を知らず30分前についたときはもうだめかと思いました。この辺がチュニジア人らしさまるだしといったところです。 私のできることと言ったら、盆踊りと、折り紙と、剣玉、とみそ汁(インスタント)位で申し訳ないので、最終日は私が料理の腕を振るいました。 醤油がないので、パエリアとサラダにってしまいましたが。 今回の旅は今までのいろいろ旅してきましたが、一番楽しかったです。私の友達は英語ができたのですが、彼の友達はそうでもなかったので、フランス語ができたら…と悔やまれました。 また、かきます。
次へ
旅のサークルへ
Copyright, All Rights Reserved for MANO,www.mingei.com, 1996.
|