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| 大阪香里団地のシェルター |
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新香里のバス停を降りて、横断歩道を渡ると、すぐそこにシェルターがふたつあります。元は何色だったのか。日に焼けて、今では敷かれているレンガと同じ色合いになって、その場に溶け込んでいます。
大きな翼が羽ばたくような、空を受けとめるような形のシェルターの下にはベンチが配され、ひとつには灰皿が置いてあって、喫煙スペースとして利用されています。湯河原海岸のバス停に使用されているものと同型ですが、ふたつが離れて置かれており、雰囲気が違って見えます。 近くには図書館、スーパー、幼稚園、小学校、中学校があり、多くの人が通り過ぎていますが、このシェルターに対して、気に止める人は特に見あたりません。色あせたシェルターや錆びた支柱からは、長い間ここで暮らしている人々を見守ってきたことが想起され、柳氏のその沈黙したデザインに、人を包み込む暖かさを感じました。 香里団地について 昭和三十年代、旧陸軍の火薬製造工場(香里製造所)跡地に日本住宅公団が主体となり建設された大規模団地。その規模は賃貸住宅・分譲住宅などを合わせ、約6,000戸、約22万人。入居資格は月収3万円以上、ステンレスの流し台や換気扇、ダイニングキッチン、ガス風呂、水洗トイレなどが備わった生活は、当時憧れの対象でした。東洋一の団地と言われ、ケネディ大統領の実弟、ロバート・ケネディ司法長官が視察に訪れました。昭和34年度、石川賞(計画設計部門)受賞。 現在は、建物の老朽化や生活スタイルの変化のために順次建て替えられ、香里団地再生計画が進められています。 参考文献 『枚方市史』 (写真/レポート 鈴木晶子さん)
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